おそらく最後の分かれ道、それは情けなくもあっさりと手術台の上にあった。予定時間は約3時間だったが、麻酔から醒め行くベッドの上で時間が短かったような不安を感じた。その不安は残念にも現実となった。
手術の名称は「直腸低位前方切除」つまり悪性腫瘍を切り取り腸を縫合し、人工肛門もなくそうという目的だった。だが周辺組織へのがん浸潤のため腸が動かず、切除できなかった。(ステージ4)このため腫瘍の部分に今後の放射線治療のためのマーカーをつけて帰ってくるという最悪のケースに終わった。
かくて原発病巣はそのまま残り、私の腹には長さ30cmはあろうかという開腹の傷と人工肛門も残った。
今後の見透しは不明な部分もあるが、この道の行き着く先は、あまり長くないであろう行き止まりの道である。治療法としては延命治療である放射線療法と抗がん剤を用いた化学療法しかないという・・・・・。
ただこれは現在、社会問題となっている医療の地域間格差の底辺に位置しそうな病院での見解なので、セカンドオピニオンを求めるという選択肢も十分に考えられる。
ここは厚労省のいわゆる
ガン拠点病院と呼ばれるものには該当している。しかし
ガン拠点病院
の指定要件を読んでみると、さほどでもない。いずれにしても私にとってはすでに時遅しの感があって、今後充実して後世の人々のためになることを祈る。
2006-08-29(Tue) | 大腸ガン | comment : 0 | Trackback : 0
猛暑が続く。今宵の月は塵にかすんだ赤みがかった半月だ。
● 「今宵 月は めうがを 食ひ過ぎてゐる」・・・・
中原中也の全集は学生時代に読んで以来、本棚の隅で開けたこともない。茗荷を食いすぎた月がどんなものかよくわからないが、こんな一節が、ふと想い出されるから不思議だ。私も少し疲れ気味かもしれない。
今宵の空は猛暑の塵にかすみ、月夜でしかも最近は夜光に邪魔されるという悪条件だが、かろうじて七夕の星(夏の大三角形)、北極星、カシオペアの一部が見える。
星座は不変だ。空間的、時間的スケールでみれば、人間に対して星座は永遠の事実とみなすことができる。[現在では気の遠くなるような時間的スケールでみると星にも一生があることが分かっている]
●「夏は夜」
清少納言でなくても、そう思いたくなる。夜は涼しく、ほっと息つける。最近は蛍をみたことはないのだが、夏の夜に蛍の飛び交うさまは、妖艶ではかない命の乱舞である。
人の命には限りがあるのはしかたがないが、清少納言の枕草子という星座は1000年も生き続け、これからも生き続けるだろう。
2006-08-06(Sun) | 大腸ガン | comment : 0 | Trackback : 0
主治医のW医師から術前に抗がん剤服用のすすめがあったが、服用目的と効果がいまひとつ理解できず、私が色よい返事をしなかったので、日にちが過ぎるうちに中止、幻の計画となった。
計画では二週間(半クール)のTS-1服用と一週間の休止期間をおいて、手術にのぞむというものだった。
なにしろクスリというものは、ながらく正露丸しか知らなかった私である。急にクールだの奏効率だのわけの分からないことを勉強しなければならず大変だ。
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2006-08-03(Thu) | 大腸ガン | comment : 0 | Trackback : 0
セミしぐれの縁側で目を閉じごろりと寝ころぶのは至福である。それは生命の大合唱だ。陽射しはきついが、木立を吹き抜けてくる風はやわらかく涼しい。緑が輝き、ひかりに満ちた夏は子供の頃から大好きな季節だった。なによりも夏は学校に行かなくてよいのが嬉しかった。朝から日が暮れるまで真っ黒になって遊んでいたような気がする・・・・。
いま、私は許されたわずかな自由とともに自宅にいる。それも残り数日でしかなく、体調を整えて来週は再び開腹手術に臨むことになるだろう。
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2006-08-02(Wed) | 大腸ガン | comment : 0 | Trackback : 0
ここではすべてが規則正しく時間通りに行われる。病院特有の消毒薬などの匂いなどはなく、あるとすれば糞尿の臭いだ。術後二日目にはすでに大部屋(6人)に移される。全体的に高齢化が進んでいて、一見して私など最年少の部に入ることがわかり、急に仲間入りしてしまった自分が情けなく悲しい。
ここには私も含めて病人しかいないのだからと自分に言い聞かせる。
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2006-08-01(Tue) | 大腸ガン | comment : 0 | Trackback : 0
人間50年、織田信長を引き合いにだすまでもなく、生を授かったときから死も夢幻のごとくすぐ隣にある。調べてみると
昭和22年(ほんの数十年前だが)日本人の平均寿命は50才ほどだった。現在のように伸びたのは、新生児死亡率の低下と医療技術の進歩によるものらしい。
クールに考えると、昔なら私は腹痛に苦しみながら死んでいただろうし、寿命だった。
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2006-07-31(Mon) | 大腸ガン | comment : 0 | Trackback : 1